掌のうえで踊りましょう







act 1.


 ドクドクと音がする。全身の血液がめぐる音が、カラダの中にある轟の一部からした。居心地の良いぬかるみから抜け出せないようで、轟はそのまま私の方へと倒れ込んできた。
 じっとりと汗をかいた肌がはりつき、境目をなくしていくような心地よさに微睡む。暫くそうしていれば、轟が身動ぎ、腰をひいた。身体のナカを割り開いていたものがずるりと抜ける感覚にむずかるような声を漏らしてしまう。

「大丈夫か」
「……ん、平気」

 個性の影響かひんやりとした手のひらが、汗で額にはりついた髪の毛をはらい、するりと頬を撫でた。ぼんやりとしていた頭の中がすっと晴れていくような心地がした。

「……結構出たね」
「改めてじっくり観察されんのは、少し落ち着かねぇ……」

 ベッドには、口を縛られ、ティッシュに包まれた使用済みのソレが二つ落ちていた。三回にも及ぶだなんて随分と盛り上がってしまった。そのうちの一つを手に取って、中身の液体をタプタプと揺らす。その様子を眺めていれば、轟は居心地が悪そうな声を出した。
 爪で破いて、飲み込んでしまおうかと考えていれば、手からするりと奪われた。まさか思考を読んだわけではあるまい。
 私から奪ったものも含め、ティッシュに包みなおした轟はベッド横にあったゴミ箱に投げ入れた。放射線を描いたソレを視線で追えば、ポスッという音をさせてきれいにゴミ箱に消えていった。

「戦闘後の興奮でセックスってキリンじゃあるまいし」
「キリンは闘うとセックスすんのか?」
「その顔でそういうこと言わないで」

 ようやく働き出した頭は真っ先に妙なことを考えた。動物を特集した番組で、キリンは争った興奮状態のまま交尾をすることが多いと、おかしな生態を紹介していた。ついさっきまで生死をかけた闘いをしていたというのに、なぜかなし崩しに始まった行為は、交尾という表現の方がふさわしい気さえしてくる。
 気怠さがのこる身体を乱れたシーツに投げ出しながら呟けば、轟はその声を拾った。美しい顔の彼から飛び出した露骨な言葉につい顔を顰めてしまう。

「知らなかった。ナマエは博識だな」
「キリンの性事情を知っていても何の役にも立たないけど」
「ピロートーク? ってやつのネタになるだろ」
「これピロートークだったの?」
「違ったのか」

 感心した様子の轟に、生きていく中で不要な知識だと謙遜ではなく心からの思いを伝えたのだが、彼は予想以上にポジティブだった。ピロートークの話題になるとのたまった。そして今の情緒のかけらもない会話を、ピロートークだと認識していたようだ。目を丸くしてキョトンとこちらを見てくる。

「色気なさすぎる」
「そうか? 俺は楽しいぞ」
「そっか」

 色気がないと指摘したが、轟は口許をだらしなく弛めて笑った。その表情をみていると、まぁ良いかだなんて思ってしまう。
 轟の腕に頭をのせ、胸元に額を寄せる。エンデヴァーに似て雄英時代から体格が良かった轟だが、プロになってからはさらに骨格が逞しくなり、筋肉の量も増えたように思う。筋肉の凹凸を指でなぞっていれば、横腹のあたりの皮膚が赤紫っぽく変色していた。私の蹴りが入った位置だろう。

「折れてる?」
「いや、折れてねぇと思う」
「残念。良いの入ったと思ったんだけど」
「多少は受身とったからな。でも蹴りの威力あがってたな」

 肋骨は折れていないようだ。安心して軽口を叩けば、轟はフッと息をもらして笑った。

「上半身の捻りか?」
「ご名答」

 威力をあげるために身体の捻りを加えたのだが、轟はその変化に気づいていたようだ。格下だと視界から外すことなく、雄英時代からずっと私のことを見てきてくれていたのだろうか。

「もしかして私のこと好きなの?」
「ずっとな」
「へぇ……そっか……」

 ずっと、というのはいつからだろうか。轟のいう好きというのは、私と同じ気持ちを指しているのだろうか。熱愛報道のあった巨乳アイドルは彼にとってどういう存在なのだろうか。
 まだ分からないことも多いが、轟は私のことが好きらしい。このことが分かっただけで十分な収穫だ。

「傷口開いてるな」
「動きすぎた。この傷、そんなに気に入らない?」
「いや、多分、知らねぇことがあんのが嫌なんだと思う」

 肋骨のうえを撫でられたくすぐったさから、身を捩る。その位置にあるのは、轟が執拗に気にしていた傷だ。治りかけていたものがまた開いてしまったようだ。アドレナリンが放出されていたのか痛みは感じなかったが、血がにじんでいた。
 気にするほどの傷ではないが、轟はなぜだかその傷に執着をみせている。傷があることが気に入らないのかと思ったが、そうではないようだ。
 思えば、以前に轟は私が傷を隠していたことに対して怒っていたようだった。全てを把握することだなんて不可能だというのに、我儘な男だ。

「怪我はこれからもするだろうし、これくらいでわざわざ連絡はできない。全部は教えてあげられない」
「うん、分かってる」

 無傷で済むならばそれが一番だ。しかし傷を恐れて逃げ越しになることは許されない。怪我をしないだなんて約束は出来ないし、極秘任務についていればケガの程度にかぎらずその仔細を報告することもできない。ヒーローとはそのような過酷さもある職なのだ。
 現実を突きつければ、轟は一度だけ頷き、「だからもう良いんだ」と呟いた。その言葉の真意を探ろうとするよりも先に轟の唇が傷に触れた。

「上書きすりゃいい話だもんな」
「……もう無理だからね」
「いまはシねぇ。俺も疲れた」

 鬱血痕を残した轟は満足そうに口端を持ち上げていた。まさかもう一回と強請られるのではないかと思い、先に無理だと告げれば、轟も同意だったようで気持ちよさそうにベッドに身体を投げ出した。
 指を絡め取ってきた轟の右手はやはりひんやりしていて心地が良い。手の甲をくちびるで啄んだり、指の節を噛んだりしていれば、左手が差し出される。
 強請るようにこちらをじっと見つめる視線に絆され、彼の左手にも同じことを繰り返す。左手の薬指が視界に入ると、あの押し入れの奥に隠されていた指輪が脳裏に浮かび、心がほんの少しざらつく。
 自分のものだと誇示したいという欲求が少なからず湧いてきて、私は薬指に歯を立てていた。グッと押し込めば、ほんのり血の味がした。
 流石にやりすぎただろうか。そう思ってちらりと窺えば、愛おしいものを見るような慈しみに満ちた表情をしていた。この行動を讃えるかのように頬を撫でられ「ありがとな」となぜだか感謝された。
 腹の奥で渦巻いていた重苦しい感情がすっと洗われていく感覚がして、顎の力をゆるめた。

「何で俺のこと、好きになってくれたんだ」
「好かれている前提で話すの?」
「さっき言ってくれただろ」
「自意識過剰だなぁ」

 薬指の付け根にできた真新しい傷を満足気にみつめていた轟の視線が、こちらに向けられた。自分が好かれていることは前提なようだ。私が指摘したところで、轟は揺るがない自信があるのか動じない。

「鈍感なところも、マイペースなとこも、全部含めて轟が大っ嫌いだよ」
「熱烈な告白みたいだな」
「……耳が悪いのか、それとも頭の中がおめでたいことになっているのか」

 大嫌いと言ったはずだが、轟は熱烈な告白だと受け取ったようだ。理解ができず、つい辛辣な言葉をかけてしまったが、轟は「酷ぇ言われ様だな」と苦笑いをしただけだった。でも、と言葉が続けられる。

「……そういうの、分かった上で許して、受け入れてくれたってことだろ? それって、俺の全部が好きって言ってるようなもんじゃねぇか」

 いつもは鈍感なくせに、どうしてこのような時だけ鋭いのだろうか。腹立たしく思うところなんて幾つでもあげられる。それでも轟を突き放すことができないのは、大嫌いだった鈍感なところも、マイペースなところも、全て愛おしくなってしまったからだ。最強だな、と轟は頬をゆるめて呑気に笑った。




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